余呉町民の心は複雑
余呉町長選は、緊迫の対決で、二矢秀雄氏が僅差で当選した。
投票前日、すでに二矢優勢の声が出ていたが、厳しい情勢の中、敗れた久保田順一氏は予想外の善戦だった。
選挙のいろはから冷めた眼で眺めるならば、二矢氏の圧勝を呼ぶ条件下の選挙だった。それが圧勝ならぬ僅差の勝利に帰したことは、余呉町民の複雑な心の反映であり、極端に言えばどっちにも勝たして、足して2で割る政治を願ったのが町民の腹の中かもしれない。
◇圧倒的勝利になるはずの二矢氏と言ったが、それは天の運とも呼ぶべき時の大きな流れに乗ったからである。その流れとは何か。前町長の畑野氏及び、その与党の町議の多数が推進した放射性核廃棄物の処分場の反対運動の奏効と、その運動に対するエネルギーの過熱した雰囲気がそのまま町長選になだれ込んだからである。
◇核アレルギーは日本人の心の底にまでインプットされており、男野郎の物質上の思惑などに目もくれず、核におびえ反対するのが日本のやまとなでしこの姿である。
これはわが子を戦場へ送って泣いた母の心であり、広島・長崎の原爆で犠牲になった何十万人の魂の悲しみと怒りの心でもある。
にも拘わらず、畑野町長らは、処分場誘致に前向きだった。
一にも二にも町財政の行き詰まりの打解が念頭にあった。それを可能の如く、甘美な背景が誘惑した事実を正視する必要がある。
それは、敦賀を中心とする若狭沿岸の原発銀座を考えればよく分かる。敦賀市を筆頭に原発を抱える関係市町は、国や原発から交付される莫大な金でうらやましいほどうるおっている。教育、福祉、社会環境、その他あらゆる面で充実した行政が展開されており、他府県の市町村に比べ大きな格差をもって優遇されている。
つまり、国や原発関係電力会社からの補助、助成が地元市町を財政的に豊かにさせていることの証明である。これは一種の迷惑料、公害補償料に該当する性質のもので、地元は金と物の魅力に口を封ぜられている感じがしなくもない。
◇そればかりでなく、施設の建設や原発関係の付帯的諸事業のもたらす経済効果で、地元の経済や産業の活性化に役立ったことも見逃し得ない。
そして、原発補償や迷惑料は地元市町のみならず、半径50㌔以内の他の市町にも及び、現に本県においても余呉、西浅井はその恵みを享受しているのは衆知の事実である。
そのうらやましい程の敦賀市その他の財政事情を敏感に知っているがゆえに、余呉町長が産廃物処理場に食指を動かしたのは分からぬ話ではない。
しかし、それを受け入れる環境でないことは余呉の地勢的位置を考えれば納得できる話で、ダムの補償金や施設に伴う建設投資などとは、わけが違う。その反対運動を甘く見たのが誤りの出発で、そういう誘惑に耳を傾けたこと自体、貧すれば鈍する教えの通りである。
◇町長が辞任に追い込まれ、反対署名の声が町にどよめき、一大騒動の終わった直後の町長選だから、反対運動の余熱は炎(ほのお)の如く燃え盛った。
そこへ、嘉田知事の後援組織がタイミングよくエールを送った。そのエールは感情論的なものではなく、政策協定としての生き証文を町民に披露した。昨年、県政の180度転換を誓って県民の圧倒的支持を受けた嘉田県政への期待感はまだ湯気を立てて県土をおおっている。言わば、余呉町長選は4月の統一地方選の瀬踏みの如き重みを抱えて行われた。
◇しかも、県議会の古参県議の地元でもあり、久保田氏の経歴、人格、識見を通り超しての大きなうねりが津波の如き勢いで二矢氏を利した。
しかし、二矢氏が僅差でしか勝てなかったのは、町民の意識の中に市町合併を願う強い心が根ざしていたからである。もし、新町長が合併を葬るような事態がくれば、そのときは、また別の大きな波が二矢町政に立ちはだかるだろう。
2007年01月23日 13:35 | パーマリンク
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